2023年2月3日

 非常に寒い。今日は節分で、卒業論文のシモンというやつがあった。シモンというのは、自分の持ってきた腐りかけの魚が白木のまな板の上に載せられて、鼻をつままれながら検分されるような、そんな感じの体験。やったことのない人は、一度やってみるといい。でも愉快な体験ではないことはたしかだから、むやみに薦めるつもりもない。
 私の卒業論文は一行あたりの字数が指定よりも多かったらしい。私は指定枚数の最後の行までミチミチに書いたので、2枚分くらい超過してしまったことになる。思ってもいなかったことを言われて、真っ白になった頭で、今から直して提出することはできますか、と尋ねた。先生がこたえたのは、そうしてもらうか、大きな減点になるでしょう。ということだった。私は受け取ってさえもらえるならよかったので、そうか、残念だけど、よかったなと思った。
 シモンが終わったあとは、食事をしに行った。論文について色々なことを立て続けに言われてぼんやりするので、何か口に入れないといけないと思ったからだ。たぶんほとんどすべての大学についていて、いつも何かしらの「フェア」をしている場所のことを学食という。今日は「1年間ありがとうフェア」だった。私は今年度片手で数えられるほどしか学食で食事をしていないし、感謝されるようなことは何もなかった。「ありがとうフェア」の商品も、なにが「ありがとう」なのか、よくわからない。季節ものや、人気のあるものや、そんなマークがついたメニューに悩んだあと、結局何もついていない「豚すき煮」をよそってもらった。「やみつきキャベツ」にはコーンの粒がかかって美味しそうだったので、それもトレーにのせた。朝食を食べてから3時間くらいしか経っていないから、ご飯はもらわずにおいた。自分の意思に反した選択をしやすい私にはめずらしく、自分の食べたいものだけを選べたと思った。
 トレーの中身をレジで精算してもらった。最近、大学生協は「アプリ」を導入したという。私はそれを承知してはいたけれど、大学でごはんを食べないから、アメリカの憲法修正くらいのことにしか考えていなかった。だから、いつものカードで「精算ができません」よと言われたときは、大変に面食らった。「アプリに登録してください」ということだった。レジは混んでいなかったけれど、事前に登録しておくべきだったと思う。一旦現金で払うことにすると、数日前の旅行でウノ大会に勝って手に入れた新500円玉が崩れて、少し悔しいような思いがした。席に着くと、いつ箸を取ったのか全く覚えていないのに、トレーに箸が載っていて驚いた。
 食事と「アプリ登録」が済んで、次の予定までにも時間があり、さてどうしたものかと決めかね放心していた。30分くらい経つと、シモンの時にいた先生がやってきた。私にはいわゆる指導教員という人が何人かいて、その先生はそのうちの1人でもあった。彼は学生にウケるレトリックをなんとなく心得ていながら、誰ともそんなに仲良くならない、そんな感じのする人だった。彼のジョークは、本気でそう思って言っているのか、それともその場の人にウケるために言っているのか、いまひとつわかりかねる。なので、私はあんまり彼と話すのが得意でなかった。先生のトレーには、私と同じ「やみつきキャベツ」と、豚丼が載っていた。Sサイズだ、と私は思った。彼は食事をしながら、私の論文のことや最近の仕事について当たり障りのない話をひとしきりすると立ち上がって去っていった。午後のシモンを聞くのだという。大変だ。私は帰ることにした。
 家に向かうバスに乗っていると、ある女性が話しかけてきた。どうやら私に席を譲ってくれようとしているようなのだけど、私は彼女の言っていることがあまり聞き取れなくて、とりあえずお礼を言いながら降りて行った彼女の席に座った。私の具合が悪そうにでも見えたんだろうかと彼女の言葉の録音を脳内再生していると、つい今しがた私の横に立っていた人が、明らかに少し変わった動きをしているのが見えた。彼女が言っていたのは「あのひと触ろうとしているので、ここ座ってください」だった。お礼を言いたくても、彼女はもうバスを降りてしまって、姿も見えなかった。
 家で自分の顔や爪をいじくって、少し寝ると4時半になっていた。今度はさっきの先生がかねてから計画してくれていた食事会に行くから、スカートと靴を履き替えて外に出た。さっきより寒かった。それでも、今日のバスは節分祭で私の卒業論文のようにミチミチだから、自転車で行くことにした。明日からはもっと自転車に乗ろうと思う。なんといっても立春だから。

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